米国医療いろはの「い」 ホームドクター 2003年2月14日
(from http://mytown.asahi.com/)
-------------------------------------------
海外暮らしで病気にかかると心細さはひとしおだ。言葉の問題、制度の違い、日本にない病気だってある。いざという時、少しでも冷静でいるには、どうすれば−。ニューヨークの東京海上記念診察所院長の桑間雄一郎医師に米国で医療を受ける際の「いろはのい」を3回に分けて一問一答形式で聞く。第1回は日本では耳慣れない、ホームドクターについて。
――米国ではホームドクターを持つべきだと言われますが、これはどうしてですか。
「プライマリーケア医とか一般医と呼ばれています。日本語に訳せば、かかりつけ医でしょうか。だれもがよくかかる病気の専門医と考えればよく、どんな病気でも、まず相談すべき医師なのです。例えば頭痛でも、原因は頭、脳、首、目、耳、鼻、歯、あごの関節や精神の異常まで原因は様々。これら広い知識を、一般医は持っています。頭痛の原因が鼻の病気の1種の副鼻腔炎と分かれば、耳鼻科でなくても適切な治療、投薬をしてくれます。かりに特殊な治療が必要なら、適切な専門医を紹介します」
――病気にかかっていなくても、ホームドクターを持つ意味はあるでしょうか。
「米国では予防医療を大切にします。病気になってから治そうとするより、予防する方がはるかにいい。患者さんの性別や年齢に合った検診項目を選んだり、予防注射を打ったりと、総合的な管理もします」
――では、ホームドクターを選ぶコツは。
「何といっても患者さんの立場で親身になってくれる医師がいい。米国の医療はどうしても商売の色合いが濃い。費用がかさむ検査や治療法を強要されたら、別の医師の意見を聞くことも大切です。質問にきちんと答え、生活習慣まで考えた予防医療をしてくれる医師がいいでしょう」
――いざ受診のとき、外国語で病状を説明するのが難しいですね。
「例えば『チクチク』『シクシク』などの細かなニュアンスは、それほど医学的に重要ではありません。むしろ症状が突然に始まったのか、徐々に悪くなったのか、持続性の症状なのか周期的に変化するものなのかといった客観的情報が大切です。有能な医師は、イエスかノーで答えられる質問をしてくれるでしょう。あまり心配しないことです」
――ホームドクターを見つけられていない人は、病気の時にどうしましょう。
「病院の救急室を利用することも出来ます。しかし救急室では重症患者が優先されますから、高熱を伴う風邪の症状だけで受診したりすると、数時間も待たされて病状が悪化するようなこともたびたびです。日頃の健康情報を持ち合わせない救急室の医師が、急病の時だけ突然、正しい診療をすることは実は難しい。ベストな方法とは言えません」
米国医療 いろはのい『自己決定権』
-------------------------------------------
米国の医療事情をニューヨークの東京海上記念診察所院長の桑間雄一郎医師に聞く連載の2回目は「自己決定権」について。
――米国では何事にも自己責任と、よく言われますね。医療の面ではどうですか。
「自己決定権というかたちで、直面しますね。米国では、自分の命は自分で決める、が大原則です。自己決定権が確立しているということは、自分に判断する責任があることを意味し、厳しい面もあります」
――例えばガン告知も、本人が、必ず受けるのですか。
「治療方針を自己決定してもらうための大前提は病状の理解です。がんが見つかれば、当然患者さんに事実を伝えることになります。がんの種類、進行具合、治療法、治る見込みなどが説明され、自分で治療法を選択するのです。がんの治療法も様々であり、患者さんの価値観によって治療法は異なります。救命を第一に考え、可能性はわずかでも苦しい危険な治療法を選ぶ患者さんもいれば、逆に、最後の貴重な時間を苦痛なく大切にしたい方もいます。がん告知なしには治療の選択は不可能です」
――人によっては、望まなくても告知されてしまうということですか。
「不治の病は知りたくない方もいます。知らずにいる権利も大切です。こういう方は、自分の自己決定権を全権委任する健康代理人を定めておく必要があります。後は代理人が取り仕切り、患者さんは病名を知らされずに済むわけです」
――不意の病気や自己で危篤に陥り、自分で治療法が選べないといった事態もありそうですが。
「だれもが突然に倒れて病院に担ぎ込まれる危険をもっています。こんな状況になると厄介なのが米国の病院です。何事も自分で決めるのが米国風。逆に医者は決定から身を引く風潮がある。いや、正確には医者には決定権がないのです」
「例えば、難しい手術をすべきか否か。危険な手術への賭けに反対の息子さんと、いちるの望みに賭けたい娘さんの意見が分かれるようなことはよく起きます。患者さん自身は意識不明で決断できない。医師は意見の割れた兄弟姉妹のはざまで右往左往。患者さんの容体が悪化していくのに手が出せない状況が続いたりします」
――ここでも健康代理人選びが重要なんですね。
「日本の医師のように、心をこめて強力なリーダーシップを発揮してくれるようなことは米国の医師には期待できません。悪い結果にでもなれば、医師が訴えられることさえある米国ですから、判断は患者側に押し付けるのが米国風なのです。こんな時に本当に親身になった、心のこもった判断を望むのであれば、信頼できる人、例えば配偶者などを自分の健康代理人に定めておくことが必須です。米国では健康代理人を定めるための用紙を常備している診療機関が多いので、問い合わせてみてください」
米国医療いろはのい 医療保険
-------------------------------------------
米国の医療の基本についてニューヨークの東京海上記念診療所院長・桑間雄一郎医師に聞く連載は、今回が最終回。日本と大きく異なる「医療保険」の仕組みをたずねた。
――米国の医療保険が民間会社に個人加入するシステムですね。どの会社を選ぶかはもちろん、保険プランも様々で、迷ってしまいます。
「米国は自己責任が重視され、健康保険の加入も例外ではありません。保険料は高額なものから比較的安価なものまで様々で、サービス内容は大きく違います。安さを理由に保険を選ぶと、いざ病気の時に大変な思いをするのは事実です」
――健康保険の「サービス内容」とは、日本で考えにくい発想です。
「日本の医療は、誰でも、いつでも、どこでも受診できる『フリーアクセス』で、この点は大変恵まれています。一方、米国では健康保険のタイプによって医療へのアクセスに大きな制限があります。保険を持たない人は多額の現金を払わないと、私的な経営母体の診療機関にかかるのが困難です。救急室で何時間も待たされるでしょう。保険があっても、安価なものだと利用できる診療機関が著しく限られます」
――健康保険はだいたい何種あるんでしょう。
「ほぼ無制限のIndemnityタイプからPPO(Preferred Provider Organization)タイプ、POS(Point of Service)タイプ、制限が一番強いHMO(Health Maintenance Organization)タイプへと、大まかに四つに分類できます。お手元の保険カードにある記号を確認してみて下さい。私の患者さんにも、HMOタイプの保険をお持ちで、ある手術をしてくれる医師を保険の制限内で探すのが難しく、結局数カ月後に日本に戻って手術された方がいました。一方、Indemnityタイプの保険料は非常に高額で、また困るのです」
――検査も保険の違いに影響されますか。
「血液検査やレントゲン検査にも制限が生じます。保険プランによっては、高価な検査は事前に保険会社の許可を得ないと診療費が支払われないとか、保険会社指定の検査機関でしか検査が受けられないことがあります。治療に使う薬剤にまで様々に制限を加えるプランが増えてきました」
――事故など急な場合に保険会社が治療を認めないことがありますか。
「救急車を呼ぶような緊急時には、病院の救急室に運ばれます。このような事態での診療を認めない保険会社はありません。ただし、緊急治療をしていることを保険会社に直ちに報告しなければならない保険プランもあり、日本人には気苦労があります」
――患者側の確認や準備の不足で起こりがちなトラブルというと。
「健康保険を購入すると、利用できる診療機関や医師の分厚いリストが郵送されてきます。自分のかかりたい医師がリストに載っているかどうか、確認を怠ってはいけません。リスト外の医師の診療を受けると多額の自己負担金が発生する恐れがあります」
――ずばり、「保険」とのうまい付き合い方を。
「上手にサービスを受けるには、しっかり情報を集めて下調べをする以外に方法はありません。保険の説明書は病気になる前からしっかり読んで理解しておく必要があります。安価で制限の強い保険でも、利用できる医師リスト中に優秀な医師が大勢いることがあり、逆に高価な診療費の医療機関が必ず良質とも言い切れないのです」
聞き手・山本克哉/ニューヨーク支局
( 3/28)