フレンチ・クォーター

生花をつけた麦藁帽子でお洒落をし、観光客を乗せて通りを濶歩していくラバ。ライブ・ジャズクラブから流れ出す音楽に合わせて、タップダンスを踊る子供達。ムーンウォークで、ひっそりと静まり返ったミシシッピー河を背にひとりで音楽を奏でるサクスフォーン・プレイヤー。その側からクルーズへ出発する外輪船ナッチェス。ジャクソン・スクェアの絵描きや大道芸人。通りに面した家のアイロンワークを使ったバルコニー。ホテル、家、レストラン、ブティック、本屋、美術博物館、Tシャツの店・・・。これら全てがフレンチ・クォーターの光景です。

ニューオリンズの歴史は、1718年、ジーン・バブティスト・ル・モワイン(ビエンブィル)がミシシッピ河沿いの高台に小さな植民地を設けたときに始まります。ブィユ・カレーは”古い正方形”を意味しますが、実際には正方形ではなく、縦4、000フィート(約1.2km) X 横1、800フィート(540m) の長方形の地区です。1721年、アドリエン・デ・ボウジが中世の典型的なフランスの村を準拠してブィユ・カレーを設計しました。中心には植民地の魂の拠り所であるパレード・グランド、役所が設置され、この広場と河に面してコミュニティの最も重要な建物である教会が建てられました。

チャーター・ストリート1114番地の旧ウルスラ修道院は、ビエンブィルの創設した村の建築物として現存している唯一のものです。このブィユ・カレーはこれまでに2度の大火(最初は1788年の聖金曜日、次は1794年)があり、町は壊滅してしまったのですが、焼け残ったこの修道院は、純粋なフレンチ・コロニアル建築様式の典型です。ニューオリンズは、スペインの統治下に移った頃、港町として賑わっていました。2度の大火の後に再建された町には、あらゆる国の影響がみられます。例えば、灰色のマンサード屋根(二重勾配の屋根)をもつクリオールの家、フィルグリー(細い鉄の細工)を施したアーチを持つしっくい塗りのスペイン風建築、彫刻のついた噴水や熱帯樹のあるイタリア風の中庭、彫刻を施した渦巻きの飾りを軒先に吊り下げたアーリー・アメリカン様式の民家など、実に多彩です。

今日のフレンチ・クォーターは90ブロックから構成される地域で、ミシシッピー河、エスプラネード・アベニュー、カナル・ストリート、ランパート・ストリートに囲まれています。フレンチ・クォーターは、数世代にわたる損傷と老朽の後、1936年に州法によってブィユ・カレ委員会の管理下に置かれることになりました。この委員会は、歴史的な文化財の保護と維持を目的とし、厳しいガイドラインを設けて増改築を規制しています。

1856年、プラス・ダルムは、ニューオリンズの激戦で英雄となったアンドリュー・ジャクソンを記念して、ジャクソン・スクェアーと改名されました。ジャクソン広場は町が形成されたときにプラス・ダルムがそうであったように、いまでも町の中核をなしています。かつてのスペイン政庁であるカビルドを左側に、プレスビデルを右側に従えた静かな白亜の聖ルイス大寺院は、似顔絵描きや漫画家の群れ、パントマイム役者や大道芸人、チェス・プレイヤー、ローラースケートに興ずる人々、カメラを持った観光客、タップダンサー、ブレイク・ダンサー、ファイアー・イーター、ホットドッグ売りなどを温かく見守っているかのようです。教会の鐘が鳴ると、鳩がいっせいに飛び立ち、群衆の上をはばたきます。この光景は、ちょうどローマのナホバ広場を思わせます。

ジャクソン・スクェアーの向かい側には、最近改築されたジャクソン・ブルリーがあります。ババリア地方の古城をほうふつとさせるこの建物は、昔は醸造所でしたが、現在この中にはモダンな店や質の良いブテックが蜂の巣状に集中しています。隣にはミシシッピー河沿いにムーン・ウォークと呼ばれるロマンチックな散歩道があり、その向こう側にはカフェ・デュ・モンドがあります。このカフェ・デュ・モンドは24時間営業で、歩道にはりだしたテーブルに陣取ってカフェオレやベニィエ(四角いドーナツで、上に粉砂糖を振り掛けて食べる)を楽しむ人で賑わっています。カフェ・デュ・モンドの背後には、おとぎ話しに出てくるような建物のフレンチ・マーケットが続いています。ここも最近改築され、新しいものと古いものとが同居しています。エレガントな店が立ち並ぶ連なりの最後は、200年以上もの歴史を持つ青果市場です。民家が持ち寄った新鮮な野菜や果物が山積みにされ、ここは常に、買いだしにくる町の人々で賑わっています。

聖ルイス大寺院からローヤス・ストリートにかけて、ミシシッピー河から町中に入ってくるに従い、骨董品、ジュエリー、貴重な本、東洋のじゅうたん、画廊などが多い海賊横丁になります。ローヤス・ストリートには、ガリエ・ハウス、ニューオリンズ歴史博物館などの他、住民の日用雑貨・食料品などを買う、50年余の歴史をもつA&Pスパーマケットもあります。この辺りはフレンチ・クォーターの繁華街です。

セクシーで、けばけばしく、したたかなバイタリティに溢れているのがバーボン・ストリートです。この通りでは、歩行者天国、フード・フェア、ジャズ・フェスティバル、カーニバル、などが行われ、フレンチ・クォーターの中でも一番賑やかな通りです。ピカデリー・サーカス、プラカ、銀座、タイムス・スクェアなどが集中したような観があり、絶え間なくジャスのビートが通り一帯に高鳴っています。ディキシーランドやリズム&ブルース、ケイジャン・ミュージックのサウンドがミックスされて、街じゅうに溢れ出します。角を曲がったところにあるセント・ピーター・ストリートには、プリザベーション・ホールがあり、数ドルでディキシーランド・ジャズを満喫できます。

フレンチ・クォターは、実に多彩な顔をもっています。パステルカラー調の地中海の漁村、派手なアダルト・ショップ、安酒場、高級レストラン、幽霊が出てきそうな古い家、世界的一流ホテル、といったように、コントラストに富んでいます。石畳を濶歩する馬のひずめの音、観光客を乗せて走る馬車、優雅なフレンチ・レストランからファースト・フードのチェーン店など・・・下界と天上、洗練された優雅さと極めつけの低俗さ、古いものと新しいもの、これらが全て混在し、独特の雰囲気をかもしだしているのがフレンチ・クォーターまのです。

ニューオリンズそのものが、いわば一流の芸術作品であり、フレンチ・クォーターはそれを堪能するための特等席といえるでしょう。

(ハニ・ネイラー/ニューオリンズ観光会議委員会広報部からの依頼による執筆)