ガーデン・ディストリクト
ガーデン・ディストリクトでは、米国でも優れたギリシャ様式建築や、目を見張るようなイタリア式の大邸宅、マンサード屋根(二重勾配の屋根)や小塔が付いた家、フリルで飾られたような模様の鉄のバルコニーを持った家が数多く見られます。
ガーデン・ディストリクトは、セント・チャールズ・アベニューとジャクソン・アベニュー、マガジン・ストリートで囲まれた一帯で、ここは、ニューオリンズで最初の郊外住宅地の一つでした。1803年にルイジアナ売買が行われると、各地からアメリカ人が移ってきたのですが、彼達はフレンチ・クォーターに住んでいたクリオールから歓迎されずに、フレンチ・クォーターの外に住居を定めざる得ませんでした。J。H。カルドウェルとサミュエル・J。ピーターによって、今日のガーデン・ディストリクトに当たる地域が選定され、”アメリカ人地域”が発展したのです。
1840年から南北戦争まで、ニューオリンズは経済の中心地として栄え、着実な進歩と発展を誇っていました。ガーデンディストリクトの建築物は、フランスやスペインの植民地時代と共に、ビクトリア朝の影響が見られます。
ここは、かつて洪水に漬かったリブォーデ・プランテーションの一部で、この洪水のために微生物などが増えて土地が肥え、豊富な木や植物が育つ土壌が出来ました。バナナの木やヤシの木、アザレア、ブーゲンビルなどの熱帯植物の他に、うっそうと生い茂る樫の木の下に日除けをしているように、ハンサムな邸宅がみられます。
今日、ニューオーリンズの数々の有名人物、政治家、ミュージシャンなどが、このガーデン・ディストリクトに住んでいます。アルディ・グラの時期になると、かつてカーニバルのキングやクイーンに選ばれたガーデン・ディストリクトの家々では、ローヤル・フラッグ(紫・緑・金色の旗)がたてられます。
(ハニ・ネイラー/ニューオリンズ観光会議委員会広報部からの依頼による執筆)